椴法華の歴史

2016年3月25日

椴法華の由来

 アイヌ語のトトポケ(岬の陰)に由来する(諸説あり) 

 

椴法華村の沿革
  ・明治9(1876)年に尾札部村から一村独立し, 椴法華村誕生。

 ・明治13(1880)年に椴法華村戸長役場開設。
  ・大正8(1919)年に二級町村制施行。椴法華村戸長役場を椴法華村役場と改称。

 ・昭和10(1935)年に椴法華村役場旧庁舎竣工。

 ・昭和51(1976)年に「椴法華村開基百年記念式典」挙行。

 ・昭和56(1981)年に椴法華村役場新庁舎竣工。

 ・平成3(1991)年に青森県風間浦村と「友好村締結調印式」挙行。
  
  ・平成15(2003)年9月29日に「函館市・戸井町・恵山町・椴法華村・南茅部町合併協議会」設置。
  ・平成16(2004)年4月23日に「合併協定調印式」挙行。
  ・平成16(2004)年11月23日に「椴法華村閉村式典」挙行。
  ・平成16(2004)年12月1日に戸井町,恵山町,南茅部町とともに函館市に編入合併。


 縄文文化
  道指定の有形文化財となった尖底土器の出土など,椴法華も渡島東海岸同様,

広く縄文遺跡が分布し,発掘調査により,その年代が縄文早期から晩期,続縄文と

八千年以上に渡り,縄文人の里であったことが判明している。

 発掘調査が行われた遺跡は12箇所にのぼる。 

 


 鱈漁場として栄える
  箱館六ヶ場所の一つ、尾札部場所の鱈漁場として栄え,

「椴法華の鱈が最上であり,(幕府への)献上品となった」と

高田屋嘉兵衛が松前秘説(天保10(1839)年)に記している。

 

恵山岬灯台
  航海の難所,津軽海峡東口の安全を期し, 恵山岬に灯台を設置する。
  明治23(1890)年に初点灯,明治41(1908)年に霧信号所業務を開始し,
 海霧で悩む船乗り達の助けとなる。
  第二次大戦の空襲による焼失からの復旧工事(昭和24(1949)年)や

改築工事(平成元(1989)年)を経て,現在の灯台は三代目である


 函館までのバス運行
  昭和8(1933)年に古武井,椴法華間の道路が開通し,下海岸自動車(株)が

函館,椴法華間のバス運行を開始。
  陸の孤島と言われた椴法華村にもようやく
「文化の光が射した」と言われた。

 昭和19(1944)年に下海岸自動車(株)を含む14社の自動車会社が統合され,

函館乗合自動車(株)を設立。
  昭和26(1951)年に函館乗合自動車(株)が社名を函館バス(株)に変更。
  平成13~15(2001~2003)年に函館市から函館バス(株)に市営バス事業を段階的に移管。
  現在も函館バス(株)による運行がなされている。

 

 

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