南茅部地域ぶらり散歩|北海道大謀網漁業発祥の地

2014年3月27日

「漁業開拓の歴史」

 

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南茅部の漁業開拓は延宝5年(1677)能登に生まれた漁業経営者・飯田屋与五左衛門の尾札部移住に始まると言われています。浜に押し寄せる魚の群れと周囲の環境に与五左衛門は着眼し、この地でアイヌの人々を指導し漁に励み、やがて町が賑わいをみせたのです。
天保10年(1839)、臼尻の小川屋幸吉と尾札部の飯田屋三代目与五左衛門が南部の人田鎖丹蔵を網大工として招いて、小川屋幸吉は弁天島沖に、与五左衛門は黒鷲岬の沖に鮪の大謀網を建てたのが北海道の大謀網のはじまりと伝えられています。
その後、最も環境に優しいこの漁法は改良されながら全国に広まりました。

 

大謀網発祥の地の画像 黒鷲岬の厳頭にある碑。北海道の大謀網漁業はここから始まった。田鎖船頭が伝えた大謀網は南部船越村の田代角左衛門が文政12年(1829年)に創始した通称「田代網」だった。
大謀網漁の画像 回遊してくる魚を定位置に仕掛けた網で漁獲する「大型定置網漁法」。南茅部町では1839年にこれをいち早くとり入れた。
大謀網模型の画像 定置網の一種で回遊してくる魚を定位置に仕掛けた網で漁獲する最も大型な定置網漁法です。一般には、垣網と袋網の2部分からなっていて、魚を垣網で直接袋網に誘導して漁獲します。文政年間から普及し、イワシ、ニシン、サバ漁に適しています。
かもめドーの画像

臼尻漁港に建設された道内初の全天候型護岸施設。漁業関係者の作業場としてはもちろんのこと、釣り客や観光客など一般の人たちも海を楽しめるように工夫されています

 

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