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| 野田 高梧 (のだ こうご) 1893年〜1968年 | ||||
| 日本を代表する映画監督小津安二郎の最も重要なパートナーで、シナリオ・ライター協会の初代会長。 | ||||
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野田高梧の作品は、日常的物事、人々との善良さ、そして人生の無常や美を映画ならではの手法で表現した日本を代表する映画監督小津安二郎とのコンビで良く知られている。アメリカ映画「豪雨の夜」や「文明の破壊」をベースにした野田高梧の脚本「懺悔の刃」が小津監督の処女作となる。以後サイレントで12本、トーキーになってからは「晩春」から「秋刀魚の味」までの全小津作品13本が2人の手によった。小津監督はその息の合った仕事ぶりを次のように語る。「僕と野田さんの共同シナリオというのは、もちろん、セリフ1つまで2人して考えるんだ。しかし、セットのディテールや衣裳まで2人の頭の中のイメージがピッタリと合うというのかな、話が絶対にチグハグにならないんだ。セリフの言葉尻を『わ』にするか『よ』にするかまで合うんだね。これは不思議だね」と。このコンビで、名作のシナリオは次々に生まれていった。 昭和43年9月23日、脚本界最長老の人、野田高梧は、蓼科山荘で、朝、洗面所でたおれ、そのまま安ちかに息をひきとった。この山荘では小津作品の多くが執筆され、親しく馴染んだ蓼料であった。 |
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| 本文/「ステップアップ」vol.71(1995.2)より (写真・資料/「講座・日本映画」岩波書店、「小津安二郎日記」講談社、「小津安二郎映画読本」フィルム・アート、「小津安二郎新発見」講談社、「北海道歴史人物事典」北海道新聞社) |
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