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海の宮様と函館明治十二年七月二十六日有栖川宮威仁親王殿下が御歳十八歳で太政官から英艦アイヨンヂューク号に乗艦を命ぜられていた、そして函館滞泊中の同艦に便乗の為め八月三日横浜出港のプロべツト号にて函館に着港し即日アイヨンヂューク号に転乗あらせられたと云う事である。それより五十年、昨夏七月二十六日ゆくりなくも威仁親王殿下の第二王女として徳川慶久公に御降下の実枝子殿下には御孫喜久子姫を御同伴あらせられ函館に御着きと云う事は奇しき困縁と云わねばならぬ。海の宮様高松宮殿下に威仁親王殿下の御孫喜久子姫が妃殿下として御内定と漏れ承わるに当り、昨夏五稜郭橋畔に於て御撮影の小照を市民に紹介するものである。 |
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