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亀田村の一里塚御殿坂と云うのが今の基坂の旧名である。箱館奉行の御役所があったから其名が出来た、それが基坂となったのは国道里程の其標を建設して、之より札幌本府に至る海陸五十七里十四町三十間と設定したが為めに、其基標の所在に依って其称呼が生れたのである、そして一里毎に木標を建てて、内地に於ける如く一里塚とした。此写真にある木標の建設地は明らかでないが、往年亀田村の佐野定七氏の板塀の一部に木柱の建設せられてあった事から想像して現在瓦斯会社の一部が其所在地であろうと思われる、江湖博雅の亀田人諸君にして其地を知る人あらば乗教を惜しむ勿れ。標柱の文に |
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