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護念山称名寺納骨塔丘陵は高からず又低からず、遠く駒嶽に対し一度此処に立てば双眸収むるに宇賀浦と巴湾の風光を以てす、朝望むべく弦月又眺むる佳なるの処、紅瓦を積み、碧瓦を覆って風鈴を連ねて雅趣掬すべきものは護念山称名寺の納骨塔と為す。塔型は石山寺の多宝塔を凝して少しく趣きを異にせるもの、遠く望めば文人画を臆わしめ又漢画の好題たるを失わず、塔は函館唯一の堂宮師、山小のアンサン小針由松氏の手法設計に成り、実に明治二十四、五年前後の頃、即ち前住吉水定穏氏の時代の事なり。続いて山門の造立を完成して間もなく惜むべし頭梁由松氏は逝きぬ。其後山門は二十九年の夏、納骨塔は四十年の夏孰れも大火の襲う処となりて灰燼に帰し、今は僅に残礎を修復したりと雖ども又昔日の趣きを偲び難し。頭梁の一属は又四散死滅して其蹟を止めず僅かに残る故宅の土蔵と一本の古藤花は今称名寺に移されて、啻に古老の涙の種たるのみ。 |
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