通説編第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ


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第13章 社会・文化諸相の光と影
第2節 マス・メディアと活字文化
1 函館新聞の発刊

新報節略

伊藤鋳之助と函館活版舎

青江秀の提案

印刷所北溟社の誕生

函館新聞の発刊

発刊数・価格・売り捌き先

社屋の移転

社長山本忠礼

社長伊藤鋳之助

社屋の移転   P1435

 北溟社は社屋を11年5月内澗町魁文社内の仮住まいから大町84番地へと移転したが、翌12年12月の大火に類焼し全てを焼失してしまった。そのため一時元町の付属小学校内に移転、新聞の発刊も12月7日から13日まで休刊したが、青森で印刷を継続し再び14日から月10回の発刊で再刊した。明けて13年1月地蔵町の馬車会所へ移転、東京へ注文の印刷機械や活字も到着し、2月末からは再び函館で印刷が開始された。青森での印刷では4号の大きな活字を使用したため少なくなっていた掲載量も従来の5号の活字に戻すことで解消できたが、これも2月25日付308号の発刊だけで、「都合ニヨリ本日(二十八日)より来三月二十日迄休刊」(前掲「諸願届書」)と再び休業願が提出され、結局函館で本格的に印刷を再開し新聞を継続発刊できたのは3月18日の309号からだった。
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