| 通説編第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ |
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第13章 社会・文化諸相の光と影 発刊数・価格・売り捌き先 |
発刊数・価格・売り捌き先 P1433−1433 発刊回数は最初2、7の日で月6回だったが、11年7月から隔日刊となった。しかし翌12年の大火に類焼し発刊回数を月10回さらに6回へと減じたが、青森に仮分局を置き青森新聞社の機械を借りて印刷を続けるなどして発刊を継続、13年6月からは再び隔日発刊となり、18年4月からは日刊紙となった。
「諸願届書」と「函館新聞売捌調」で創刊以後の売り捌き地と売り捌き数をまとめてみると表13−11のようになる。売り捌き地は道内各支庁をはじめほぼ全国各地にわたっているが、部数ではやはり道内が主で、特に渡島地方(ほぼ函館と思われる)で6割前後を占めている。ほかに東京府下の在留外国人やアメリカの日本公使館にも数回送られており、15年にアメリカで刊行された『Hubbard's Newspaper and Bank Directory of the World』という世界の新聞や銀行を紹介した雑誌には、函館新聞が日本の新聞として唯一掲載されている。 また前掲表13−11より部数1000部以上の地方を拾ってみると、函館との経済関係を反映し、本州では東京や大阪をはじめ青森・秋田・新潟・宮城などの東北・北陸各県と、道内では後志・根室・日高・胆振支庁など太平洋側の各地方に購読者が多かったことがわかる。
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