| 通説編第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ |
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第13章 社会・文化諸相の光と影 函館新聞の発刊 |
函館新聞の発刊 P1432−1433 北溟社が開設した10年の暮れの12月13日、早速北溟社社長渡辺熊四郎から「新聞発刊願」が開拓使へ提出された(前掲「准刻書類」)。「新聞発行願」によると、「紙号−函館新聞、刷行ノ定期−毎月二、七ノ日、持主−開拓使平民北溟社渡辺熊四郎、編輯人−宮城県平民佐久間健寿、印刷人−開拓使平民伊藤鋳之助」となっていた。編集長の佐久間健寿は嘉永3(1850)年生まれで代々仙台藩のお抱え絵師である佐久間家の出身、初期は政治に志したがのち画業を受けて画家となり、文部省美術審査員や日本美術協会会員、同会顧問となった人物で、大正10(1921)年没した(『大日本人名辞書』)。彼が編集長をしていたのはこの政治に関心を持っていた時期だったと思われるが、函館新聞の編集長は11年8月まで、わずか8か月の就任だった。後任は野村庸直である。
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