| 通説編第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ |
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第10章 学校教育の発生と展開 富岡学校・松蔭学校への改称 |
富岡学校・松蔭学校への改称 P1199−P1200
東京出張所からは、翌7年2月、布達案と仮規則については文章の字句を改め、差し替えのうえ送付したという返事と共に、両校の校名を「府県一般ノ唱呼ニ傚地名相用、富岡学校・松蔭学校ト唱做候方可然」と、所在地の地名を付けロシア語学校を「松蔭学校」、変則中学校を「富岡学校」と改称しては、と提案して来た。これは、当時開校した中学校が「第何大区第何番中学」という番号名を用いていたのを、「便宜ニ因リ校名」を付けるようにと、文部省が6年4月布達を出して是正した(『明治以降教育制度発達史』)中央の動きに、開拓使も同調したもので、以後校名には所在地名がつけられることが多くなった。 7年6月9日、函館支庁はロシア語学校を松蔭学校、変則中学を富岡学校と改称し、従前の仮規則を更正して新たに規則を定め布達した(前掲「開拓使事業報告書 乾」)。 |
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