通説編第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ


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第9章 産業基盤の整備と漁業基地の確立
第4節 露領漁業の進展
1 樺太漁業とロシア政府の対応

雑領期

交換条約と出漁

第1期は無税

第2期は課税

第3期は規制

雑領期   P1143−P1144

 明治初年から明治8年に千島樺太交換条約が締結される時期までは、樺太は日本とロシア両国の雑領地であった。ロシアは流刑人と軍隊を移して拓殖にあたらせたが、日本側は少数の農漁民と官吏とが在留するにすぎず、両国の衝突が頻繁におこる不安な情勢が続いていた。したがって諸産業はほとんど発達せず、漁業だけが従前通りおこなわれていた。旧請負人の伊達・栖原は樺太の南部西海岸およびアニワ湾の漁場に、それ以外の漁民はシスカ(静河)地方の漁場に出漁していた。また樺太開拓使は現地人の救済のため、明治3年より官営漁業を数か所に開設しているが、漁獲の薄い漁場が多いため損失を免かれず、明治8年までにすべてを廃止している。以上の各漁場の総漁獲高は明治5年では、鰊締粕、塩鱒、塩鮭などをあわせて約1万8000石であった。
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