| 通説編第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ |
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第2章 開拓使の設置と函館の町政 開拓便設置後の税負担 |
開拓使設置後の税負担 P337 開拓使が設置されても函館市民の税負担には変化はなかった。旧幕以来引き続いた主な税目をあげると、海産税(明治2年9月に場所請負人が廃止され、請負人納付の運上金が漁民直納の海産税となる)、沖ノ口諸税(明治3年海関税と改称)、地租(箱館地子永)、諸税(店役、家役、四半敷など正租以外の小物成とよばれていたもの)がある。このうち函館町会所が収納の窓口と思われる地租と諸税の1か年分について、明治3年の分が内訳け付きで残されていたので表2−32に整理しておく。
海産税・海関税 P337−P338 海産税、海関税は海関所(沖ノ口を明治2年10月に海官所と改称、翌3年12月更に海関所と改める)が収税を所管した税である。特に海産税は北海道の正租といえるもので、北海道における収税の大半を占めている。また海関税は、箱館戦争被害の復興が思うにまかせないとの伺書(「開日」)を受けて出され明治4年12月27日の太政官布告で、「人民物産繁殖、土地潤沢ノ為」ということで、明治5年から7年までの3年間課税が免除されている。しかしこの期間も港の維持に係る経費負担として港役(明治6年1月碇泊税となる)、船税は徴収された。その後海関税免除期間が終了したとき、政府はすでに港湾等での収税金徴収廃止を決めていたため、開拓使は開拓途上にある北海道は他府県と同様の税則を行うことは難しく、本来民費負担である費用も官費負担となっている費目も多いことを理由に、北海道産物原価の100分の4を出港時に徴収する出港税の創設を政府に申請(明治8年2月施行)、海関税に代えた。その目的は「全道堤防道路ノ修築又ハ賑給等専ラ人民興益ノ用ニ充ツヘキ為」ということで、この時海関所を船改所と改称した。地租 P339 函館地子永と呼ばれた地租は、沽券地という私有宅地に課せられた税であるが、「維新前町村制度考」(『函館市史』史料2)によれば「安政四(一八五七)年初テ其制ヲ立ツ」とあって、幕末期に徴収が開始されたもののようである。また、同書は沽券地についても、函館では昔から住居する土地は自然に私有地となっており、先祖代々の地には沽券状はなく、税の徴収が開始された頃から官地払下げや先祖代々の地売買に際して官に願受書[永代沽券地願]を提出し、私有地の証[沽券状]が作成される体制となり、願受書には地子永を納める旨の記述があり、町代が連印し、名主町年寄が奥書したと述べている。この地子永が開拓使設置後地税と改称され、明治5年函館市街地に地券が発行されると地券税(8年からは市街地券税)と改められ、地券金の100分の2としたが、翌6年7月には前年にさかのぼって1000分の8と改められた。その後9年12月に全道の地租が一定とされ、地価の100分の1となった。また沽券地以外の官からの拝借地には、先に掲げた表の如く拝借地冥加永が課せられたが、その後については明治5年1月に拝借地税を税外収入に編入する(『開事』5)とある以外不明である。 雑税 P339−P340 次に雑税であるが、函館市民全体にかかる税として上げられるものは、店役、家役、四半敷役(薪役でのち銭納)、人別銭の4種である。4種とも幕府前直轄期の享和年間に創設されたといわれる税で、人別銭が分頭税である以外は、店の大小、家の大小、貧富の差など見聞割で税額が決定された税である。店役家役は町会所が税額決定通知兼徴収切符をもって徴収し、四半敷役人別銭は、宗門人別下調帳に記載して徴収したものである。店役家役人別銭の3種は3年10月に廃止され、家役は同5年1月廃止されている。なお、人別銭については、「維新前町村制度考」では分頭銭12文とあり、廃止時期不明とされているが、東久世長官「日録」の3年10月3日の項に、「町内人別銭相廃候事農政掛より申付、一人前一年廿四文」とある。「維新前町村制度考」では一般の税として説明されているが、先に掲げた明治3年の収税には漏れており、次に説明する町内入費として捕らえられていたのかも知れない。先の4種の雑税以外の雑税は、営業雑種税といえるもので、職種毎に税目が立てられている状態であった。『開拓使事業報告』(第5編租税)に、箱館戦争による戦禍救済ということで賦課免除となった税目と徴収が継続された税目が載っている。運上金が変質した海産税や函館地子永なども含まれ、すべての雑税目が挙げられているわけではないが、函館での現状を反映したものと思われるので次に掲げておく。 明治2年は免税となった税目……田畑貢納(8年に地租と改称)、拝借地、茅場、秣場、温泉場、質店、風呂屋、髪結床、炭竃、網、牛馬、差荷役、伐木、海産の諸税 明治3年閏10月廃止の税……豆腐役、五十集役、差荷役、合船役(造船税)、人別銭、店役、四半敷役 庁費金 P341 またこれら雑税に入るのか、次に述べる町内入費の枠に入るのかはっきりしないものとして庁費金というのがある。庁費金は、5年函館市中では地券が発行されるようになったとき徴収が始まったもので、地租の3パーセント、つまり地租1円に付3銭を徴収、函館支庁の内部経費の一部としたもののようである。12年7月郡区町村編制法が導入されるまでその徴収は続いた。国税・地方税 P341 明治10年5月、政府が8年9月太政官布告第140号で諸税を国税府県税に整理されたのを受けて国税・地方税の区分を定め、8年から適用することとした。国税目・地方税目は次の通りである。
なお、出港税については「出港税処分ハ従前ノ通」との但書が付けられ、北海道産物出港税として、独立別項目の国税として位置付けられていた。 函館については、11年7月から同12年6月までの1か年分の収納額が確認できたので、表2−33として掲げておく。
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