| 通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世 |
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第5章 箱館開港 松前藩の回答書 |
松前藩の回答書 P569−P571 4月23日、前日の接見における約定により、文書による回答を受取るため、提督副官べンテ、通訳官ウイリアムズらが来たのは午前9時ごろであった。これに対し遠藤又左衛門、石塚官蔵が応接し、その回答書を提出した。その内容は次のようなものであった。(前略)昨日貴下等は吾々と友交関係を維持せんことにつき語られたり。而してそのうちには、両者共に相互に権利を守る義務、親愛の惜を害することを行わざるべき義務を包含さるるや確実なり。余等はまぬかれ得ざる主要任務として、公共の建物を監視し、人民を支配するためにこの地に配置され居るなり。而して貴下らの欲するが如く建物を提供するは、貴下らにとりて快きことなりとも、その結果は吾々にとって甚だ重く且つ大にして、人民は何人を支配者と見るべきかを殆んど知らざるに至らん。もし貴下らが、かかるまでにこのことを強制し、三軒の家屋を強請するとせば、貴下らの友交的声明に相反することにならざるか。 そこで副官らは問題となっている建物について熟談の結果、この家屋の要求については、それは漢文が使われているため、官邸や役所の意味に受取った誤解によるものであることがわかった。副官らは、提督の要望が一般の宿泊者に与えられている寺院の一部を、当座の休息場として使用することを希望するだけであり、宗教上の設備を占有するものではなく、また、国民的信仰を妨げる意図のないことを明らかにしたので、日本側は、ようやく了解し安堵した。そして遠藤又左衛門から後刻松前藩公の一族である高官、松前勘解由が提督を訪問する意向を伝えたので、アメリカ副官らは別れを告げて帰艦した。 |
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