デジタル版
通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世


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第3章 幕府直轄下の箱館
第4節 箱館の町行政

町役所・町会所/町年寄/名主/町代/組合頭

町役所の事務

町役人手当/町費/与内銭/市中の警察

町役所・町会所   P437

 箱館もしだいに戸口の増加に従い、町政を司る所として町役所が置かれるようになった。町役所も後には町会所と改められ、その役人は町年寄・名主、および町代といい、その下に組合頭があって5人組の事務を取扱った。前の松前藩の時代には名主を主席とし、町年寄はその下に立ったが、幕府直轄時代からこれが転倒して、町年寄を主席とし名主がその下に属するようになった。

町年寄   P437

 年寄が名主の上席につくようになったのは、享和3(1803)年蛯子七左衛門、白鳥新十郎がこの役に任じられてからのことであったようである。彼らは店役等を上納する収納方元締を兼務するものであった。町年寄はこの時代は2名で、奉行所の辞令によって任免し、苗字帯刀を許され、肩衣(かたぎぬ)、袴を着し、勤務中、店役・家役・人別銭・四半敷(以上租税)・坪割銭・祭礼銭等(以上町費)を免除される。その職務は奉行所の指揮監督を受け、法令を市中に頒布する事、市中取締向等に関し触書を出す事、市民の願届に奥印をする事、戸籍に関する事、旅人を改める事、地所売買の証書に裏印を押す事、諸営業人取締の事、民事訴訟勧解の事、道路修繕及び掃除の事、駅逓に関する事、篤行者及び80歳以上の者並びに鰥寡孤独(かんかこどく)の賑恤を具状する事、あるいは租税を取立て上納する事など町政に関する事務をつかさどるものとした。

名主   P437−P438

 名主は町年寄の次役で、町年寄を補佐し、町政を取扱うのはもちろん、また特に市民の願届請証文等に連印する事、出稼廻り鑑札に証印する事、変死人を立会検視する事、地所売買質入等実地調査する事、駅逓人馬を割当する事などを担当した。その人員は寛政11(1799)年幕府直轄の初めには、市中9か所に各1名ずつおいたが、間もなく減じて享和元年には左の4名とし、その受持は次の通りであった。

大町 弁天町 澗町  名主  新十郎
山ノ上町 神明町  同  次兵衛
内澗町 地蔵町  同  四郎右衛門
大黒町 仲町  同  伝右衛門

 また、特に名主の中から肝煎名主を置いたこともあり、文化9(1812)年笹屋西村次兵衛が命じられ、蛯子七左衛門同様に心得べき旨が達しられたのをみると、普通の名主よりも重んじられたものと思われる。名主の任免は、町年寄および現在名主の協議によって意見を具申し、奉行所から辞令をもってこれを命じた。平日羽織、袴を着し、脇差を帯び、肝煎名主は肩衣、袴を用いた。諸役銭および町費の負担の免除は町年寄と同じであった。

町代   P438

 町代は初め町総代と称したが、後に町代と改められたもので、大抵1町内に2人を定員とし、その任免は町年寄、名主の協議をもって申立て、官から任命された。平日は自宅にあって事務を処理したが、町年寄の召喚その他人別調や役銭上納などの節は、羽織袴で町役所に出勤、職務は町内住民の願届請証文などに連印する事、法令を町役所より受けて町民に伝達する事、宗門下調帳を作る事、諸役銭及び町費を取立て町役所に差出す事など、多くは町年寄の下働きをする者であった。

組合頭   P438

 組合頭は又ほ組頭ともいい、5人組の長で、名主、町代が協議して人選した。その資格は町役人ではないが、組合住民の願届に連印し、法令を組合に伝え、市中住民の集会などには組合を代表して出席し、組合内の人別改を行うなど、5人組の事務を取扱い、町政を補佐した。
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