| 通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世 |
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第3章 幕府直轄下の箱館 箱館奉行所建築 |
箱館奉行所建築 P426−P428 そこで箱館に奉行所を新築したが、奉行所すなわち奉行の役宅は、享和2年建築に着手し、同3年春に竣功した。総構地積は3030坪(一書に3144坪余ともいう)、建坪637坪5合であった。しかし大事な井戸は岩石が多くて掘るのに非常に困難し、ようやく1個つくったが、水量が足らず随分不自由であった。そこで調役並富山元十郎保高が所々を探したところ、箱館山の内に清泉を発見、筧(かけい)を架けてこれを引いた。よってその功を不朽に伝えるため「富山泉」と名付け、正養が左の碑文を撰して1碑を立てたが、いまこの碑は残っていない。 富山泉碑
また、文化元(1804)年春亀田村にあった番所を箱館に移し、奉行役所と相対して奉行の交代屋敷とした。総敷地770坪余、建坪218坪であった。この年羽太正養が交代して箱館に在勤、正徳元(1711)年に幕府が定めた倫理規定ともいうべき「正徳の解書」を記載した制札を、箱館外9か所に建てた。同2年戸川安論に代わり、安論は近郷に墾田し、虻田に牧場を設けるなどのことがあった。そして同3年羽太正養と交代している。 |
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