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「函館市史」トップ(総目次)
第2章 松前藩政下の箱館
第2節 松前藩の再生産構造と箱館港
駒ヶ岳噴火/亀田の農業
寛文の蝦夷乱と亀田・箱館
元禄の大洪水/箱館港
松前三港/藩制初期の交易
三港の比較
沖ノ口取締
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三港の比較 P352−P353
当時、三港に入る船舶の状況を『松前蝦夷記』によって比較すると、次の通りである。
一 松前町 澗悪しく度々破船これ有り。
右入船数三百艘斗(ばかり)、年により不同。但し、千石以下三百斛位迄、昆布並びに鯡等の類、其外材木積に来る由。尤も材木積申す船は千石以上の船来り候由。
一 江指村 澗 船懸り能候よし、北風には悪しき由。
右入船数七百艘斗、年により不同。但し、七八百斛以下三十石位迄、材木並びに鯡等の類積に来るよし。材木積候船は千斛以上も来るよし。
一 亀田箱館 澗 船懸り能候よし。
七八百斛以下三十斛位迄の船二百艘斗、年によりて不同これ有り候由。
右昆布積に来る、大坂船、下之関船等八艘づゝ年々極り来り、大坂又は長崎へ積上り申候。大方八百斛位積候船のよし。八百石に昆布八千駄積申す由。右の外諸国近国の小船昆布積に来る。百石積の船に昆布千駄積申大概のよし。直段年々相場相立申す由。
これによってみれば、松前は300艘ばかりで少ないようであるが、その船はいずれも大船であり、箱館の200艘は江差の700艘に比べて、極めて少なく、これが享保2、3年ころの状勢であった。
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