| 通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世 |
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第1章 安東氏及び蠣崎氏 古銭と流通の変化/アイヌ蜂起の底流 |
古銭と流通の変化 P333
このように室町時代以降、道南一帯に諸館が割拠するようになると、すでに交易は、地域支配者として館主が主体となって独占し、アイヌとの間では物々交換が主であったが、本土商人との間では通貨が使われていたことは、あえて志海苔の例だけではなく、上ノ国花沢館・洲崎館の付近にも多く銭貨が出土していることでも察しられる。 アイヌ蜂起の底流 P333−P334 しかもこうした交易の増大と発展に伴い、和人の渡来も一層多くなり、アイヌと和人の社会的格差の矛盾もいよいよ顕著に現われ始めた。従って交易も従来のごとき友好的なものではなくなり、略奪とまではいえなくとも、かなり欺瞞(ぎまん)的な様相を帯びつつあったと思われる。ことに志海苔の鍛冶屋村などは、すでに100戸を数える和人が進出して(『新羅之記録』)、地域ぐるみ封建的支配の中に組込まれようとする状況にあったと考えられる。一方アイヌ民族の社会形態も、もちろん生活は漁猟経済を主体としながらも、一定の階級分化が進み、旧来の血族を中心としたコタンといわれる共同体から、地域的社会の共同体に変化し、更に地理的条件から地縁的な共同体の連合も形成されて、酋長(コタンコロクル)から連合の大酋長という、支配・被支配関係が成立するようになっていたとみることが出来る。そしてこうした階級的な社会構造の形成を促した要因は、とりもなおさず民族的な力の結集であり、あえてこれを要求された底流には、日ごろ和人の行為や交易に対する不平と不満があった。康正2(1456)年志海苔におけるアイヌ民族の蜂起は、まさにそうした永い間蓄積した憤懣(まん)の爆発であった。 |
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