| 通説編第1巻 第2編 先史時代 |
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第5章 有史の時代 奈良時代とその昔 |
奈良時代とその昔 P299−P302 考古学上からみると、東北の古文化は古墳時代になってから北海道との関係が出てくる。古墳文化は畿内における前・中期古墳に相当する様式をもって北関東から東北地方南部に及ぶが、仙台平野以南までにとどまり、後期古墳の様式をもつ文化は仙台平野以北の岩手県などで発達する。仙台市遠見塚古墳は前方後円墳で、2つの粘土槨(かく)を残していたが、当時の遺物は宮城県北部からも出土しており、同県の経ヶ塚古墳では鹿角製刀装具や形象埴輪を副葬していた。この年代は5世紀から6世紀初頭にかけてである。後期古墳の時期には群集墳が盛行し、群小の族長層が台頭する。箱形石棺を有する古墳群は、群集墳になって副葬品が量的に増加する傾向を生じ、東北においては6世紀の中ごろから横穴式石室が普及して7世紀末まで作られるようになる。古墳は円墳であるが、内部の構造は横穴式石室が設けられ、玄室、前・後室に仕切られて、玄室内に何層かの埋葬が認められることもある。出土品としては金銅飾金具、金銅製刀装具、馬具などがあり、宮城県南部までが国造本記に記される国造と一致する。これら東北地方南部の古墳に対して、岩手県においてはほとんどが奈良時代に入ってからの群集古墳である。 終末期古墳の時期になると岩手・秋田・青森など東北地方北部に古墳群が造られるようになる。その中には岩手県和賀郡猫谷地(ねこやじ)古墳群のように数十基を数え、内部構造が河原石積み石室で、後期の新しい時期の古墳もある。 終末期古墳には割石あるいは河原石で竪穴式石室を造るものと、地山に墓壙を掘って埋葬し、封土を築くものがあり、古墳とはいっても直径10メートル前後の小墳である。出土品は直刀、蕨手刀(わらびてとう)、刀子、玉類などである。古墳群と共に住居址や集落が広範囲にわたって分布するが、青森県などにまで小規模ながら古墳を築造した階級が多く出現したことは注目されよう。 これまでは、東北地方北部の末期古墳の年代は奈良・平安時代と考えられてきていたが、伊藤玄三は古墳から出土する和同開珎、帯(かたい)金具によって、その年代を8世紀と考えている。すなわち、和銅開珎は和銅元(708)年に鋳造され、延暦19(800)年に廃止されている。 この青銅製 北海道では函館の湯川遺跡や汐泊遺跡などで古墳時代終末期の住居跡が発見され、東北との交流があったことが明らかになっているが、古墳文化との関係については昭和の初めに後藤寿一、河野広道らが調査研究を進めていた。江別や恵庭に小さな墳丘を有する墳墓群があって大刀、刀子、鉄斧、蕨手刀、耳環などが出土し、これらは古墳とは異なるものであるので「北海道式古墳」または「古墳様墳墓」と呼んでいた。この中で恵庭の茂漁(もいざり)にある2号墳は、東北の末期古墳に類似し、その直径は約7メートルで大刀、刀子、
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