通説編第1巻 第2編 先史時代


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第1章 研究史の展望
第5節 学術調査

考古学会の発展

オホーツク文化/サイベ沢調査

旧石器の存在

組織的研究へ

オホーツク文化   P157−158

 北海道の先住民族は、前に述べたようにアイヌ民族か又はそれ以前の民族でないかと考えられていたが、北海道のオホーツク海沿岸には特異な文化があって、樺太や千島列島にも分布していた。これがオホーツク文化で、網走モヨロ貝塚からはアイヌ人と全く異なるアリューシャン列島の原住民に似た骨格を持った人種がいたことがわかった。北千島については馬場脩が昭和5年から貝塚や竪穴住居址の調査に取組んでいたが、北千島は日本民族の源流を探る意味で注目を集め、昭和12年には日本民族学会第1回北方文化調査団として民族学者の岡正雄、人類学者の児玉作左衛門が現地に取組み、オホーツク文化を追求している。米村喜男衛の調査で知られた網走のモヨロ貝塚は、昭和22年秋と翌23年に東京大学と北海道大学の合同調査団により発掘が行われた。貝塚の埋葬人骨と竪穴住居址などが発見されてオホーツク文化が北海道に定着していたこと、その性格がアイヌ民族と全く異なることや、奈良時代には本州の鉄器文化と接触し。大陸の遼(りょう)とも交易していたことなども明らかになった。

サイベ沢詞査   P158


『サイベ沢遺跡』報告書(市立函館博物館刊)
 函館で大規模な調査が実施されたのは、昭和24年の桔梗サイベ沢遺跡発掘調査である。約2か月間にもわたる長期の発掘が行われたことは北海道ではかつてなかったことで、縄文時代人骨の発掘と、巨大な円筒土器の文化を解明するこの調査は、児玉作左衛門、大場利夫を中心に市立函館博物館が調査主体となって行われた。本州と北海道の縄文文化を解明する土器や石器と、貝塚から出た漁労具の量はおびただしいもので、発掘には市内の大学生や高校生が参加し、連日訪れる市内の小・中学校、高等学校などの見学者が3000人を超える日もあった。この大発掘は当時重大ニュースとして日本ニュース映画に上映され、全国に伝えられた。地表から深さ5メートルにわたる地層に完全な土器が詰まっていて、縄文時代前期から中期に至る約2000年間の円筒土器文化の移り変わりが把握された。また、骨角製の漁労具や狩猟生活を示す道具の数々が発見され、人の顔を模した装飾土器や護符を意味する人形も出土し、不明であった本州との文化交流の状況などが明らかにされた。
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