通説編第1巻 第2編 先史時代


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第1章 研究史の展望
第1節 雷斧・天狗の飯七

江戸時代の用語

石器天降説

松浦武四郎の記録

秦檍丸の記録

奏檍丸の記録   P143

 尻沢辺村とは現在の住吉町のことで、立待岬から通称赤石浜に至る地域である。幕府の蝦夷地調査隊に絵図師として参加した秦檍丸の『蝦夷島奇観』−寛政12(1800)年−に、国後、択捉の土器と並んで尻沢辺から掘出した土器の絵があるが、この絵は函館の先史時代の土器を紹介した最も古いもので、形や文様がよく描かれている。この壷形土器は縄文時代の終りの特色を持っているが、『撥雲余興』の石斧、石鋸、砥石はこれよりも時代がさかのぼるものと思われる。
 寛政10(1798)年ころから明治時代にかけて知られていた先史時代の遺跡は、函館尻沢辺、住吉町掘割地、谷地頭、函館公園、青柳町、函館山字水元、アサリ坂、相生町、会所町であり、いずれも函館山山麓周辺である。また郊外では亀田郡桔梗野すなわち現在のサイベ沢遺跡であった。

秦檍丸「蝦夷島奇観」″尻沢辺の土器″(図中右端のもの)
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