通説編第1巻 第1編 風土と自然


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第2章 地形・地質
第4節 函館市の地質
2 新第3紀層
中新世の地層について

新第3紀中新世地層

川汲層/汐泊川層/松倉集塊岩層/寒川火山噴出物層/火成岩/プロピライト/粗粒玄武岩/石英斑岩/石英安山岩/石英粗面岩/黒岩安山岩/かんらん石玄武岩

峠下火山砕屑岩類

松倉川層/雁皮山溶岩/三森山溶岩/石英粗面岩溶岩

立待岬溶岩/千畳敷集塊岩/高龍寺山溶岩/千畳敷溶岩/御殿山溶岩

 

川汲層   P47

 川汲層は鈴木 長谷川(1963)によると青味がかった淡緑色の凝灰岩であり、汐泊川層の下部にあるものと考えられたが、その後、鈴木守ら(1969)により川汲層は汐泊川層の一部として取扱われている。

汐泊川層   P47−P48

 汐泊川層は長谷川 鈴木(1964)、及び鈴木 長谷川(1963)によると、函館地方において最も広い分布を示すものである。この地層の最下位には礫岩層があり、1〜2メートルほどの厚さで発達し、明らかな不整合面をなして″古生層″を覆っている。その上位には厚い泥岩、砂岩の互層が続き、この中には凝灰岩や凝灰角礫岩などがはさまれる。更に上位には玻璃(はり)質岩をはさみ、全層厚500メートル以上といわれる。この地層中には粗粒玄武岩や黒色安山岩などが迸(へい)入し、そのため走向、傾斜は乱されて著しく変化していて地層の詳しい層厚や細かい構造をつかむことが難しく、おそらくは幾つかの背斜あるいは向斜構造を繰り返しているものと思われる。
 その後鈴木守ら(1969)も川汲層を汐泊川層の一部層として取扱い、この累層を含めて汐泊川層を次の4つの部層すなわち緑色凝灰岩部層、硬質頁(けつ)岩・頁岩部層、集魂岩部層および凝灰岩・凝灰質砂岩部層に区分している。

松倉集魂岩層   P48

 松倉集塊岩層は松倉川の上流地域と下流地域に分布している。松倉川の上流に露出しているものは非常に高い切り立った絶壁を成しており、東西方向の走行で北へ30度程傾いている。松倉川下流の松倉集塊岩層は、汐泊川層の向斜構造の上に乗り、整合関係を示している。この地層は主に集魂凝灰岩から成り立っており、その中に少量の安山岩溶岩をはさんでいる。集塊凝灰岩はこぶし大から人頭大の大きさの黒っぽい安山岩角礫と、その間を埋める黄褐色の凝灰岩から成り立っている。大部分の安山岩礫はシソ輝石普通輝石安山岩であるが、中には角閃(せん)石を含む安山岩も見られる。

寒川火山噴出物層   P48−P49

 寒川火山噴出物層は函館山の西海岸の穴澗や寒川地域から中尾根を経て、更に谷地頭町の東側海岸まで広がっている。しかしこの地層の下部は明らかでない。このように寒川火山噴出物層は分布が限られており、時代の明らかな地層との関係がつかめないのでその時代については明らかでないが、おそらく中新世末期の海底火山噴出に伴う火山灰や火山岩礫が水中で堆積して出来たもので、集魂凝灰岩、集塊溶岩および塊状の溶岩などから成り立っている。集塊凝灰岩中には角礫の間を埋める褐色凝灰岩と一緒に、不規則な状態でシルト岩(泥岩)がかなりはさまれており、この地層が海底で堆積したものであることを示している。溶岩部も集塊凝灰岩を構成している角礫も、共に石英安山岩質で50センチメートル前後の大きさを示し、いろいろの岩相のものが見られる。全般に変質しているが、特に寒川から谷地頭にかけての部分は変質が著しい。ここでは岩石がかなり緑色化あるいは褐色化しており、中に多数の細かい黄鉄鉱が含まれている。この変質部の一部には硫黄の細脈が認められ、明らかに硫黄鉱床の生成に関係する変質であることを示している。また部分的な珪化が行われ、重晶石が伴われている。
 寒川火山噴出物層は函館山における最も古い地層で、函館山の土台を造るものとみられる(鈴木 長谷川 1963)。

火成岩   P49

 函館付近においては、以上述べた中新世の地層を貫いて火成岩が北東地域に多数認められる。これらにはプロピライト、粗粒玄武岩、石英斑(はん)岩、石英安山岩、石英粗面岩、黒岩安山岩、かんらん石玄武岩がある。

プロピライト   P49−P50

 プロピライトは鈴木ら(1969)によると、更に安山岩質プロピライトT、石英安山岩質プロピライト、安山岩質プロピライトUに分けられる。
 安山岩質プロピライトTは亀田川上流の庄司山と雁皮山にはさまれた地域、松倉川上流の三森山西方地域に分布している。松倉川のものは粘板岩を不規則に貫いているが、亀田川のものは汐泊川層中に迸入しており、全般に著しく鉱化変質を受けている。そのため有色鉱物のほとんどが緑泥石に変化しており、斑晶としては微細な緑泥石や斜長石が認められる。石基の大半は緑泥石、石英、方解石等に置換されている。
 ここに斑晶というのは斑状の火山岩、半深成岩において、より細粒の石基中で肉限的に目立って大きく見える結晶のことを言い、石基とは同じく斑状の火成岩において斑晶と斑晶の間を埋めている物質のことを言う。
 石英安山岩質プロピライトは松倉川上流と亀田川支流に分布する。汐泊川層の緑色凝灰岩部層および硬質頁岩・頁岩部層中に、NSあるいはNW〜SE方向を取って迸入している。石英安山岩質プロピライトの多くは鉱化変質を受けているが、やや新鮮なものは淡緑色あるいは灰緑色をしている。変質を受けたものは石英、緑泥石、ぶどう石、方解石、黄鉄鉱などになっている。斑晶としては斜長石、石英、緑色角閃石を含むが、時には普通輝石やシソ輝石も認められる。石基はガラス質あるいは微珪長質組織を示している。
 安山岩質プロピライトUは三森山東方にN60°E方向の小岩脈として産出している。暗緑灰色をしているが、全般に鉱化変質を受けている。斑晶としては斜長石が認められるが、有色鉱物は完全に緑泥石に変わっている。石基も緑泥石や方解石あるいは石英などに置換されている。
 これらのプロピライトは鈴木 長谷川(1963)によると、汐泊川層の堆積の中期ころに迸入したものと推定されている。
 プロピライトはもともと黒っぽい石英安山岩や安山岩およびその火砕岩が、あとで熱水変質されて暗緑〜淡緑色のち密な石理を持つようになった変質岩で、変朽安山岩、あるいは粒状安山岩の名で呼ばれることもある。

粗粒玄武岩   P50−P51

 粗粒玄武岩は単斜輝石と斜長石の粗粒の結晶から成るものもあるが、多くは無斑晶でサブオフィティック組織を示している。サブオフィティックというのは、輝石に多数の短ざく状斜長石が透入している時に、後者が前者の中に一部包まれている状態を指している。 粗粒玄武岩の新鮮なものは暗緑色を呈し、ち密堅硬であるが、変質を受けると緑色になる。変質を受けると普通輝石は緑泥石化し、多数の白チタン石を生じ、方解石による置換が著しくなる。
 粗粒玄武岩は汐泊川層、特に硬質頁岩・頁岩部層を貫いているものが大部分を占めるが、″古生層″を貫いているものもわずかながら汐泊川支流温川の北方に見出される。幅1メートルほどのものから500メートルに達するものまである。その迸入形態は、あるものは層理を切って岩脈状に入り、またあるものは層理に平行に入って岩床状をなし、また相互に移り変わるものもあり、非常に不規則である。全体の形は丁度樹木の幹から枝が縦横に分れ出たような形を示している。
 鈴木ら(1969)によると、粗粒玄武岩と汐泊川層の頁岩との接触部には、貫入に伴う裂罅(か)系のようなものは認められないこと、また多くの場合、頁岩は接触面に立って2〜10センチメートルの幅で真黒な硬い珪質岩に変化していることから、粗粒玄武岩の貫入は頁岩の堆積時に行われたものと考えられている。
 粗粒玄武岩には貫入方向に直角な柱状節理や、これに直交して流理面に平行な板状節理が発達している。流理面というのは、火成岩体においては成分、組織、構造、結晶度の違う部分が重なり合って、冷却時の溶岩の流動線が見られるが、このような構造を成す面のことを言っている。この柱状節理の断面形は一般に六角形を成しており、直径は40〜80センチメートルである。
 鈴木 長谷川(1963)によると、川汲峠からやや南に寄った道路沿いに露出する粗粒玄武岩は枕(まくら)状溶岩であり、新第3紀の枕状溶岩は非常に珍しく、北海道ではこの地域にだけしか知られていないといわれる。しかし、小樽市西方の忍路湾付近にも枕状溶岩が存在している。枕状溶岩は一名俵状溶岩とも言われ、丁度枕を積み重ねたような形をしており、玄武岩などの粘性の小さい溶岩流が、水中または沼地、湿地に流れ込んだ時に生ずる構造と考えられている。枕状溶岩の枕は、中心部に放射状の節理を持つために、車石の名で呼ばれることもあり、花咲半島の車石は有名である。

石英斑岩   P51−P52

 石英斑岩は鈴木 長谷川(1963)と鈴木ら(1969)によると、冷水川支流の西股川上流地域に分布し、長谷川 鈴木(1964)によると、このほか松倉川中流右岸の楢(なら)の木岱付近や汐泊川支流の温川上流左岸の丸山付近にも分布する。しかし楢の木岱付近のものは鈴木ら(1969)によると、その連続が流紋岩と考えられ、丸山付近のものは鈴木 長谷川(1963)は石英粗面岩溶岩と考え、藤原 国府谷(1969)はその連続を石英安山岩と考えている。
 西股川上流の石英斑岩は汐泊川層を貫き、更に粗粒玄武岩をも貫いて、かなり不規則な形を成して分布し、また北西側は断層で切られている。
 石英斑岩の岩体には規則正しい柱状節理の発達しているものと、節理の不規則なものとがある。また迸入境界付近で20メートルもの幅で角礫岩化しているものもある。灰白色、灰緑色あるいは淡緑色を成し、1〜5ミリメートルの大きさの石英や斜長石の大型斑晶が多数含まれ、そのほかに緑色角閃石や普通輝石が斑晶として含まれることもある。石基は主に粒状の斜長石と石英とから成り、アルカリ長石をわずかに伴い、一部には微文象構造も認められる。微文象構造というのは、石英と長石が特有な規則的連晶構造(数センチメートルの結晶が、ある方向性を持って連接共生している構造)を成しているものの中で、特に連晶が顕微鏡的大きさの時にこのように呼んでいる。
 石英斑岩の大部分は鉱化作用の影響を受けて白っぽくなり、それによって石英、緑泥石、方解石、ぶどう石、黄鉄鉱などが生成され、時には著しく粘土化している。

石英安山岩   P52

 石英安山岩は鈴木 長谷川(1963)によると、石英斑岩のすぐ西側、三森山の東に分布し、石英斑岩との関係は明らかでないが、石英粒を多く含み、暗褐色で柱状節理の発達した硬質の岩石といわれる。しかし、鈴木 長谷川 三谷(1969)によると、同地域の岩石は峠下火山砕屑岩類と考えられている。

石英粗面岩   P52

 石英粗面岩の岩脈は冷水川流域においてN70°WあるいはN60°Eの方向を持ち、小岩体を成して汐泊川層や粗粒玄武岩を貫いている。この岩体はレンズ状を成し、淡緑灰色のち密なガラス質の岩質で、径13センチメートル程度の柱状節理が発達する。斑状構造を示し、斑晶は少量の小型石英と斜長石から成り、石基は玻璃質で微細な珪長質鉱物や緑泥石が認められる。玻璃質というのはガラス質ともいうが、岩石の結晶度を表わす術語で、石基がガラス質から成る時に使われる。

黒岩安山岩   P53

 黒岩安山岩は函館市銭亀沢の黒岩岬付近に見出され、そのほか黒岩岬から志海苔町にかけての海岸、汐泊川下流右岸、黒岩岬付近から北西方向に、トラピスチヌ修道院方面にかけて、また瀬戸川流域にも分布する。そのほか局部的に温川上流にも小岩脈が見出され、規則正しい柱状節理や板状節理を成している。この安山岩の迸入形態は大岩体を成す所は岩床であるが、小岩体は岩脈を成している。岩質は一般に濃緑色〜黒色で、ち密、かつ新鮮である。しかし一部では緑泥石化作用、珪化作用、炭酸塩化作用などの変質作用を受け、プロピライトに似た岩相を示す所もある。斑晶は斜長石と普通輝石である。

かんらん石玄武岩   P53

 かんらん石玄武岩は鈴木・長谷川(1963)によると、汐泊川流域の亀尾町付近で汐泊川層を貫いている岩脈で、東西に細長く伸び、岩体の幅は4メートル内外の小さいものである。暗褐色の多孔質岩体で、一部のものは変質して緑色化している。
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