通説編第1巻 第1編 風土と自然


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第1章 地域概観
第1節 位置 範囲

地理的位置/社会的・経済的位置

地理的位置   P3

 函館は東経140度44分、北緯41度46分(市役所の位置を中心とする)に位置し、北海道の最南端の都市として津軽海峡をへだてて本州青森県と向かい合っている。同一経度にはソビエト連邦のニコライエフスク、わが国の青森、白石、オーストラリアのノーマントなどの諸都市があり、また同一緯度にはローマ、シカゴ、クリーブランド、ニューヨーク、タシケント、瀋陽(シェンヤン)などの代表的な大都市がある。
 函館では市制を施行してから過去7回にわたって市域の変更が行われたが、現在の範囲は東西27.1キロメートル、南北21.3キロメートルの広がりの中にあり、面積は347.79平方キロメートルとなっている。
 市域の範囲は、市の南部にある函館山(標高333.8メートル 三角点標高)を扇のかなめとして扇形状に南西部から北部へ伸び、東側で戸井町、尻岸内町と接し、北東部で横津山系分水嶺を境として南茅部町、鹿部村に接し、北・西側で七飯町、上磯町と境を接している。道内で最も函館と近距離にある都市は伊達市で、国道距離にして函館から約161キロメートル離れて位置している。そのため道央諸都市群のように近距離間に都市をもたず、孤立した都市となっている。更にこのような道央の中枢的機能部から離れた位置にあるため、第2次大戦後の開発政策からも取り残され、はたまた都市の再編成の中で、かつて北海道の経済的中枢機能を二分していた小樽と共にその社会的、経済的地位の低落を余儀なくされた。

社会的・経済的位置   P4−P5

 今日の函館の道内における社会的・経済的位置を主要諸都市と比較してみると、次のような結果が得られる。まず人口・世帯数は札幌、旭川に次いで第3の位置にあるが、昭和40年以降隣接する旧亀田市への人口移動が激しくなり、ついに人口は減少に転じた。しかし、亀田とは行政単位こそ異なっているが、都市景観上からは互いに連結した市街地を形成していることからも一体化した都市と見なすことができたし、昭和48年12月1日、両市が合併したあとも、順位こそ第3位と変らないがほぼ旭川に比肩する規模とみてよい。
 産業別就業人口の構成比をみると、第3次産業のその比率は札幌に次いで高く、昭和50年には70.8%を占め、完全な消費都市型を示している。その他の経済的機能のシェアは2位から5位の間にあり、全体的にみると旭川よりも低い位置にあるとみられる。
 函館の経済は、しばしば「5パーセント経済」と呼ばれるが、函館の各種都市機能の全道に対する比率をみると、ほぼこの呼称が妥当していることが裏付けられる。すなわち、その比率は平均値で5.5%となっており、昭和初期の20ないし30%の経済的位置は完全に失われたことがわかる。
 しかし、渡島・檜山両地方の中では函館のほかに都市発達もみられないから、両地方の経済・文化の中枢的機能は依然として保持されている。また、交通の中心としての地位は高く、青函連絡船の発着点であるほかに、民間フェリーの発着点であり、函館本線、江差線の起点として道内における主要な交通の中心である。地方空港としては東京便、札幌便の定期航空路が開設されており、東京へは1時間15分、札幌へは30分の位置にあり、東京・札幌両都市地域との関係は近年更に強まりつつある。
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