青函連絡船一口メモ

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青函航路の誕生

 明治41年3月7日午前10時、比羅夫丸は青森を出港した。この日が国鉄青函航路開設の日 である。
 田村丸は約1ケ月おくれの4月4日午前10時、青森出港の処女航海に出て両船相まって1日 2航海の体制をととのえた。

★比羅夫丸

比羅夫丸

■就航 明治41年3月7日
■終航 大正13年10月15日 (16年7ケ月)
■製造所 ウイリアム・デニー・アンド・プラザース社 (イギリス)
■船要目 総トン数 1,480トン  速力 18.3ノット
全長 87.6メートル  幅 10.6メートル
■営 業 □定員
  1等22名  2等52名 3等254名  計328名
□運賃料金 1等3円 2等2円 3等1円
  (石川啄木が明治40年函館弥生小学校代用教員時代の月給が12円であった。)
□運行時間 3時間50分
  日本で最初のタービン船で函館・青森間を4時間で結んでいた昭和63年時、3時間50分運行だからいかに高速であったかがわかる。

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