函館市教育委員会

奉行所の暮らし


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五稜郭跡内にはいくつかのごみごみ捨て場があり,そこから出土したものをみて当時の生活を伺うことができます。    

                
奉行所庁舎  
 五稜郭跡内北西側隅の奉行所庁舎のごみ捨て場からの出土品は,瀬戸美濃産の湯飲碗・信楽産の土瓶などの生活用具の主体でした。特に湯飲碗は復元個体で100を超え,また土瓶も数十個体分があります。
 土瓶の蓋内側に「元治元年甲子訴所十月一日」「元治二年訴所正月」の墨書のあるものが2点あり,五稜郭がほぼ完成し,奉行所が移転した元治元年(1864)に奉行所内(庁舎北西側の訴所)で使用されたことを物語っています。 
 また,瀬戸美濃産の湯飲碗の中に「文久年製」(文久年間=1861〜1864)の呉須書きの見られるものがあり,これも奉行所時代(元治元年〜慶応4年(1868))に使用されていたことを物語っています。
 湯飲碗および土瓶は,その編年年代はいずれも幕末期の文久年間から慶応年間(慶応年間=1865〜1868)に特定できるものであり,確実に奉行所庁舎内の下級役人の執務室または休憩所で使用された可能性が高いと思われます。
 さらには,奉行所の事務的な執務状況を示す,水滴および硯も比較的多く出土しているなど,奉行所内(役所部分)の生活の様子の一端が伺えるものとなっています。  
瀬戸美濃産の湯飲碗
信楽産の土瓶
水滴
奥向および奉行家来の長屋跡
 奉行所庁舎東側の「奥向」および奉行家来の長屋跡周辺においては,湯飲碗や土瓶等の生活用具類は少なく,肥前産の陶磁器類(碗・皿類・火入れ等)が比較的まとまって出土しています。また,照明(行灯)関係の灯明皿・油注等も出土しており,紅皿・合子等の化粧具等も僅かながら出土しています。 
灯明皿 油注
紅皿・合子
給人長屋跡
 五稜郭跡内の北東側の「給人長屋跡」と重複してごみ捨て場が確認されており,この中からは生活用具(陶磁器等が中心)が大量に発見されています。北西側のごみ捨て場でみられた湯飲碗・土瓶のセットもあります,「奥向」周辺でみられた肥前産陶磁器類も含まれるなど,多岐にわたっています。
 また,ヨーロッパ産のガラス瓶もまとまって出土している。このごみ捨て場については,「給人長屋跡」と重複していることから,奉行所時代のものの可能性は低く,明治政府の「箱館府」の時,または箱館戦争時のものであった可能性が考えられます。  
肥前産皿
肥前産火入れ
 ビール瓶
 一般的な生活用具に加え,長崎波佐見産で輸出専用品の「コンプラ瓶」,ヨーロッパ産のワイン瓶・ビール瓶(オランダ産の角瓶:ハイネッケンビールの元祖)がまとまって出土するなど,開港地「箱館」の政治的中心地であった五稜郭(奉行所)に相応しい国際的な一面も伺えます。  
瓶類
コンプラ瓶
箱館焼
 一般的な生活用具は「瀬戸美濃・信楽・肥前(伊万里・有田)・関西系(京焼)」等の本州産の製品が大半を占めます,中には安政5年(1858)〜文久2年(1862)頃まで箱館奉行が行った殖産興業の一つである陶磁器生産(箱館の谷地頭で生産)の「箱館焼」の製品も少量ながら含まれています。 
箱館焼
金属製品
 鉄・銅などの金属製品では,銅製の瓦釘,上水道木樋に使用される平折釘・鎹がみられますが,数量的には多くはありません。生活用具の中での嗜好品である「煙管」については数種類がありますが,これも出土量は少ないです。
水道管
 五稜郭郭内には,亀田川から上水を配水するために暗渠で設置された木樋が出土しています。
上水道管
上水道管断面

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